戻る
次へ
ホームへ
●トレーサ

トレーサとは、物質の移動についてこれを追跡して、その挙動を観察するものです。単純に物質が移動してくのを追跡するものを物理的トレーサ、化学的性質により(生体内などで)物質がどのようにふるまうのか追跡するものを化学的トレーサといいます。
刑事モノのドラマで「容疑者を泳がせる」という捜査手法が出てきますが、それにちょっと似ていますね。

アクチバブルトレーサ(物理的トレーサ)
地下水脈や河川・海水・大気の動態の調査、また鮭など回遊魚の生態を知るのにも用いられます。ユーロピウムという自然界には殆ど存在しない元素(非放射性)を目印に使い、後に拡散する様子を調べます。具体的には、サンプルを収集してこれを放射化分析し、ユーロピウムの含有量を計測します。

化学的トレーサ
この場合の多くは放射性同位元素を用います。例えば水の分子は水素・酸素からなりますが、水素分子の一部をトリチウムという水素の放射性同位体に置き換えて(標識して)おくと、トリチウムが放出する放射線を計測することにより、水が生体内でどのように移動していくかを観察することができます。
薬など特定の化学物質に放射性同位元素で標識すると、人体内のどこに集まってどのように代謝されているか?といったことについて詳しく調べることができます。
●環境保護

脱硫・脱硝装置

火力発電所の排気には、燃料に含まれている「硫黄」や、空気中の「窒素」の酸化物が含まれます。硫黄酸化物は水分と化学反応して硫酸・亜硫酸に、窒素酸化物は硝酸に変わってしまいます。これらは酸性度が非常に高く、このまま排気することは環境に負荷を与えることになるので、中和処理しなければなりません。この排気処理に、アルカリ処理ではなく放射線を使おうというわけです。
硫黄・窒素が含まれた排気に電子線を照射して、排気から硫黄酸化物、窒素酸化物を除去。なおかつその除去物質は、肥料として利用することができます。

ゴミ処理場のダイオキシン分解
現在試験的に運転されている最先端のゴミ処理施設では、ごみ焼却によって発生するダイオキシンを加速器による電子線で分解しようと取り組んでいます。
通常のゴミ焼却処理場では、ゴミの中に含まれる塩素化合物、特にポリ塩化ビニルなどの低温燃焼によって、どうしてもダイオキシンが発生してしまいます。そのままでは環境に放出できませんから、他の有害物質と共に、イオン吸着法によってばい煙から取り除かれます。しかし当然ダイオキシンはどんどん処理場にたまってしまうので、高熱・アルカリ分解処理など別の手段で無害化させる必要があります。
新しく建設される処理場では、排気に直接高エネルギーの電子線を照射します。5MeV(メガエレクトロンボルト)という国内でも最大級出力の電子線の威力で、比較的大きな分子であるダイオキシンを、水や二酸化炭素など小さい分子に分解します。
●年代測定

遺跡捏造問題、なんていうのがありました。土器などの発掘された地層から遺跡の年代を決定するわけですが、何と研究者が自分で古い地層に埋めて、遺跡を古い時代のものに仕立てていたんですね。では、どのようにして地層の年代を推定するのか?。
それは、天然放射性物質である炭素14(半減期5730年)の測定により推定します。
炭素14は、宇宙線の中性子が大気中の窒素と核反応することにより、自然が作りだしています。それはやがてベータ線を放出して安定な窒素にもどるわけですが、この炭素14が生成される量と、崩壊していく量は常に均衡していて、大気中や海水中の炭素全体に含まれる炭素14の割合は、はるか昔の年代から常に一定を保っています。したがって、動植物に含まれる放射性でない炭素12と、放射性の炭素14の割合も、ほぼ一定の値になっています。しかし個体が死滅し地中に埋もれると、代謝による炭素14の取り込みがなくなり、年月に応じて崩壊して次第に減少します。地層に閉じ込められていた動植物の死骸の中に含まれた炭素12と炭素14の割合を測定すれば、その年代を推定することができる、というわけです。
木造の建築や彫刻などについても応用することができ、この方法で数百年から数万年の年代が推定できます。
●化学分析

放射化分析
原子炉から発生する中性子を物質に照射すると、物質が中性子を吸収(核反応)して弱い放射能を帯びていきます。これを放射化といいます。つまり物質が安定同位体から放射性同位体へと変貌するわけです。
放射性同位体は、それぞれの同位体特有のエネルギーの放射線を発生します。放射化によって発生する放射線のエネルギーは、とても弱い放射能であっても測定することができます。すなわち分析化学的手法では検出不能な超微量の元素も検出可能となるわけで、この原理を利用するのが、放射化分析です。

蛍光X線分析
物質に放射線を照射すると、原子が励起状態(エネルギーを溜め込んだ状態)になり、それを特性X線という形で放出します。放射化分析と同様に、この特性X線も原子固有のものであり、エネルギーを測定することにより超微量の元素をも検出できます。
「和歌山ひ素カレー事件」で、ひ素に含まれる微量不純物を分析したのも、この方法でした。サイクロトロンと呼ばれる加速器で発生する陽子線を試料に照射するもので、PIXE(ピクシー)という極めて高感度の測定法です。

ガスクロマトグラフ法
窒素などのキャリアガスで試料を拡散することにより化学的分析をおこなう、ガスクロマトグラフィーでは、ニッケル63から発生するベータ線の電離作用を利用したものがあります。
●高分子化合物の改質

プラスチックなど高分子化合物は、「重合」といっていくつもの分子が結合して固化しています。放射線を照射することにより、分子の結合が寸断されたり、より強固なものになったりするわけです。それによって物性が変わり、ある程度柔軟性は損なわず、熱や摩擦に対する耐久性を向上させたりすることが可能となります。
難燃性の電線皮膜、熱収縮チューブ、発泡クッション材、自動車用タイヤ製造などに応用されています。
●工業計測

製鉄所での熱延鋼板は、高熱のため厚さを正確に計測するのは困難です。とかく工業製品は大規模かつ大量に生産されるのが常ですから、紙やフィルムなどでさえ連続的かつリアルタイムに計測して品質を管理していくには、一般の計測機器では限界があります。そこで密封放射線源(放射性同位体)を使うことにより、物質の放射線透過吸収や散乱の程度から、製品の品質をチェックするわけです。
計測できるのは、厚さのほか密度、水分含有度、液面の高さなど。変り種として硫黄の含有量(原油の良質度)を判定するというものもあります。
●非破壊検査

コンクリートの強度の測定は、外圧を加えて破壊してみて調べるのが一般的のようです。しかし、なんでもかんでも破壊して調べるわけにもいきません。そこで、放射線が物質を透過する性質を利用して、破壊することなく内部を調べようというのが非破壊検査です。空港での手荷物検査や病院での人体のエックス線検査も、非破壊検査の一種といえます。
工業的非破壊検査での検査対象は金属、特に動力系の、分解検査には多大の労力を伴う構造物に適用されます。例えば,ジェットエンジンのタービンブレードとか原子炉の溶接部位なんてのもあります。
そういえば、東京電力福島原発のシュラウドに発生した「金属のひび割れ」が、非破壊検査によってではなく、肉眼(ファイバースコープ)によって確認されていた(しかし隠蔽されていた)というのは皮肉です。これには「怒り」ではなく、「嘲笑」を表するのが適切ではないかと…。

変り種としては、日立とトヨタが共同開発した産業用X線CTというのがあります。
医療用の100倍のエネルギーをもつX線を照射して、自動車部品をアッセンブリー(組立て)状態で3D(立体)観察することが可能となるものです。鉄の塊で350mmφ、アルミニウムに至っては1mφまでの部品が、CT(コンピュ−タ断層像)として観察でき、おまけに3D(立体像)まで構成できるのですからたいした性能です。なんたってこれまでは実際に切断する「破壊検査」をおこなっていたわけですから。
1台10〜20億円という価格が高いのか安いのかは、如何とも判断しかねるところですが…。

参考ホームページ:日本非破壊検査工業会
放射線の工業利用
●品種改良

自然界で普通に起こる、突然変異による遺伝子の組換え。これを放射線の作用によって発生頻度を高めてやろうというわけです。かなり行き当たりばったりの方法のようにも思えますが、農作物の品種改良のスピードアップに役立っています。米では「レイメイ」「アキヒカリ」、大豆では「ライデン」など、一部実用化しているものがあります。
●害虫駆除

これはNHK-TVのプロジェクト−X・第73回「8ミリの悪魔VS特別班〜最強の敵・野菜が危ない〜」でも詳しく解説されていました。環太平洋沿岸に広く生息する「ウリミバエ」の駆除に、放射線がどのように関わっているのか?。それはハエの生殖細胞を破壊し、不妊化させることに秘密があります。
医療分野でも「放射線治療」に使われていたコバルト60のガンマ線を、人工孵化したウリミバエのオスのサナギに微妙なさじ加減で照射すると、生殖細胞だけを破壊し不妊化させることができます。被爆したハエは、なんら外見は普通で元気に活動するので、交尾はできます。しかし生殖細胞がありませんから、卵を受精させることができないというわけですね。このようなウリミバエを培養して、環境に大量放出すると、次第に個体数は減少していきます。根気良くこの操作を繰り返して、ついには完全に駆除してしまう、というわけです。これを不妊化虫放飼法といいます。
殺虫剤の大量使用でも不可能だった害虫駆除。何とスマートで環境にやさしいことでしょう。この方法で、日本では奄美、八重山、小笠原各諸島のウリミバエ、ミカンコバエの駆除に成功しています。本土に生ゴーヤー(にがうり)を持ち込めるようになったのは、この撲滅作戦のおかげだったんですね。
●発芽防止・殺菌・殺虫

じゃがいもやタマネギなど、放射線を照射することによって発芽を抑制することができます。照射じゃがいもが食品として認められたのは、昭和47年。わが国の食品照射の研究は当時、世界的にもトップレベルだったようですね。続いてタマネギが認可されるはずだったのが、消費者団体からの反対運動で頓挫したらしい。うーむ。日本人の核アレルギーは相当に根深い。

放射線の照射。つまりコバルト60(半減期5.27年)などのガンマ線を、それはそれはヒトも死んでしまうほど、じゃがいもに浴びせかけるわけですよ、確かに。でも、その放射線は、発芽細胞など放射線感受性の高い細胞の遺伝子を破壊はするにせよ、有害物質などは一切産生しないわけです。
もちろん、じゃがいもに放射能が残留するっ!?、な〜んてことはさらさらありません。殺虫剤とか農薬など、化学物質に頼りきった食料の扱われかたと比べて、そんなに放射線照射が危険なのでしょうか?

世界の主要な農業生産国では、すでに様々な食品への照射が行われています。日本は食糧自給率が4割程度ですから、間違いなくそれらの照射食品は輸入されているはずです。日本国内だけ食品照射が認められていない、という事実との整合性は全くとれていません。

食品照射技術の研究向上に長年携わってこられた渡辺 宏先生の、業界紙でのインタビューから一部引用させていただきます。
「例えば、東京都のケースを考えてみましょう。東京都は、照射ジャガイモを東京の八百屋、スーパーで販売するときには、ジャガイモ一個一個に「照射した」表示をすることを義務付けました。これは大変な手間がかかり、コストアップになりますから、農家も流通業者もやりたがりません。結局、やらなかったのですね。でも、照射ジャガイモを入れた箱には「照射ジャガイモ」という表示をして、その形で流通は進んだのです。でも、箱を開けてジャガイモを外に出してしまうと、そのイモが照射されているのかいないのかは、消費者には全くわかりません。」
「この種の問題は、最終的には消費者に選択を任せるべきなのです。ですから、表示をしろと当局が指示を出したのなら、店頭で表示をして堂々と売れば良いのです。ところが、そんなことをしたら売れなくなるだろう、と勝手に考えてしまう流通業者が多く、こういう正攻法のやり方に対してはきわめて消極的でした。この点、アメリカは違います。アメリカでは、照射表示をしても、その安全性を理解した消費者は、その品質が良ければ、またその価格に納得すれば、照射食品を買って行きます。買うか買わないかは、消費者が判断することなのです。この点がアメリカと日本の大きな違いだ、と思います。」

本当におっしゃるとおり、だと私は思います。別にアメリカが全て素晴らしいなんてこと言うつもりは、さらさらありませんが…。わが国には、行政と独立した第三者評価・監視機関が根付いていない、ということも大きいでしょう。しかし、昨今の食品原産地不当表示の問題や、無認可添加物の使用の問題を見るにつけ、行政からの規制に任せっぱなしの旧来のシステムは、今や機能不全です。最終的に一番被害を受けるのは、生産者・消費者なのです。(行政や企業の人々も家庭では消費者のはずなのに、何故もっと抜本的な対策が採れないのだろう?)

我々はもはや無自覚を許されません。何が安全で、何にどのような危険があるのか。決してヒステリックでない、しかも頑固な視点と、たゆまぬ情報収集が必要です。
それにつけても、「照射じゃがいも」と堂々と表示して販売できる業者は、偽装行為や不当表示に手を染める業者と比べても、はるかに信用できるはずではないでしょうか!?。

世界各国で現在、照射が許可されている食品(目的別に)
・発芽防止:ジャガイモ・タマネギ・にんにく 
・殺菌:
肉・魚介類・生鮮野菜(果実)・乾燥野菜(果実)・香辛料 
・殺虫:
麦・米・他の穀類・豆・乾燥食品
放射線の農業利用